2002.9.29更新

(4回生課題研究Q9レポート)

化学反応に起因する液滴の運動と対流現象

〜化学-機械エネルギー変換〜

北畑 裕之

2001年3月26日

第1章 イントロダクション



 物理学において、平衡系、孤立系に関しては系統立てられた理論が数多く確立されてきた。しかし、非平衡開放系に関しては、数十年前まで、その複雑さのためほとんど研究されてこなかった。自然界において、平衡系、孤立系だけで記述できるような系は非常に少なく、大抵の系は非平衡開放系として記述すべきものである。最近になって、非平衡開放系の重要性が気づかれ始め、多くの研究がなされている。中でも、非平衡開放系のモデルで実験的にも簡単に扱える系として、BZ(Belousov-Zhabotinsky)反応がよく研究されている。BZ反応は細胞内の代謝回路であるクエン酸回路をまねて考案された。これまでに、BZ反応において、時間的に酸化状態と還元状態を交互にとる振動が発生すること、また、静置したときにターゲットパターンやスパイラルパターンといった時空間パターンが自発的に生成されることが知られている。これらは、生物が自発的にリズムを生み出したり、美しい対称性を持ったパターンを生成したりするメカニズムを解くヒントになるのではないかと考えられている。
 今回、われわれは、BZ反応の液滴を油に浮かべた系でBZ反応の化学振動現象に同期して液滴が空間的に振動する現象を見いだした。これは、等温系で化学エネルギーを仕事に変換する現象であると考えることができる。平衡系で化学エネルギーから仕事を取り出すには低温熱源と高温熱源が必要で、しかも、熱効率はそれらの温度によって上限が決まっている。(Carnotサイクル)生物、つまり細胞はATPの化学エネルギーから仕事を取り出しているが、細胞サイズでは温度差はすぐに緩和され、Carnotサイクルを利用した熱機関ではひどく効率の悪いものになってしまう。ところが、実際には、細胞は非常に効率よく化学エネルギーを仕事に変換しており、Carnotサイクルとは全く異なるエネルギー変換を行なっていることがわかる。だが、この変換のメカニズムはほとんど解明されていない。代謝モデルから生まれたBZ反応を用いて運動を取り出せたことは、生物が行っている化学-機械エネルギー変換の機構を理解する上で、大きなヒントになるであろう。
 第2章では、まず、液滴の運動の原因となっていると考えられる界面張力変化と対流の関係について実験を行った。さらに、流体力学の基礎方程式であるNavier-Stokes方程式に界面張力の項を付け加えた形の式を考え、数値計算を行って、その結果と実験結果を比較・考察した。次に、第3章では、液滴の自発的運動の実験結果を述べたあと、第2章の考察をもとにして、数値計算、解析計算を行い、液滴の運動のメカニズムを考察した。最後に、第4章で全体を総括し、さらに、今後の発展について述べた。


第2章 BZ反応に起因する対流現象

2.1. はじめに


 BZ反応系において、自由界面で対流現象が発生することが報告されている[1]。一方、BZ反応の鉄触媒の価数によって、界面張力が変化することがわれわれのグループで既に見いだされている[2]。これより、界面張力が原因となって対流が発生していると思われるが、以前の考察の中に、非平衡系として扱って対流現象を説明したものはなかった。重力の影響を考えたもの[3]や、あるいは、界面張力を考えてはいるものの、平衡系でのMarangoni効果の境界条件を使っているもの[4]であった。
 今回は、まず、BZ反応によって発生する対流現象を可視化し、対照実験も行って、対流が界面張力の影響であることを確認する。更に、流体力学の基礎方程式であるNavier-Stokes方程式に界面張力の項を付け加えることで、ダイナミクスを直接扱い、数値計算を行う。その数値計算の結果と実験結果との比較、考察を行い、対流現象についての理解を深めることを目的とする。

2.2. 実験装置・方法


 図2.1のように、2枚のガラス板の間にガラス板を挟んで、1 mmのスペースを作り、そこに、両側からBZ反応溶液とオレイン酸(分子式:C18H34O2、1カ所にシス型二重結合を持つ不飽和脂肪酸)を流し込み、2相の界面を作った。2相ともに、流れの可視化のため、可視化粒子(ポリスチレンビーズ、粒径10 μm)を分散した。界面の部分を下側から顕微鏡で拡大、観察し、ビデオテープに記録して、PCを用いて解析した。なお、BZ反応溶液は、次のような組成のものを使用した。(振動性であるが反応性は低いため、制御しやすい状態である。界面張力変化を大きくするため、フェロイン濃度は大きくしてある。)

臭素酸ナトリウムNaBrO30.15 M
硫酸H2SO40.30 M
マロン酸CH2(COOH)20.10 M
臭化カリウムKBr0.03 M
フェロイン[Fe(phen)3]2+5.0 mM

2.3. 結果


 図2.2に実験結果を示す。3.3 sec間の画像を重ね合わせたものであり、可視化粒子の流線が見られる。可視化粒子の慣性を無視すれば、流線は実際の液体の流れと一致する。照明の不均一を解消するため、長時間の平均をバックグランドと仮定してそこからの差をとるという方法を用いた[5]。BZ反応溶液相、オレイン酸相共に、界面近くで化学波のウェーブフロントに向かって引き込むような流れが見られる。また、化学波の前方と後方では、流れの速さが全く異なり、前方での流れの方が、後方よりもずっと大きい。
 対照実験として、オレイン酸にヨウ素(I2)を溶解したものを用いて、同様の実験を行った。ヨウ素は界面からBZ反応溶液へと拡散する。ヨウ素は水に溶けてイオンとなったときに、BZ反応に対して、抑制因子として働く。そのため、BZ反応波は界面まで到達しない。同様に3.3 sec間の画像を重ね合わせたのが図2.3である。このとき、流れはほとんど観測されなかった。

2.4. 考察・シミュレーション


 この対流現象は、鉄錯体の価数による界面張力の違いに起因するMarangoni効果であると思われる。そこで、実験結果を説明するために、流体力学の基礎方程式であるNavier-Stokes方程式を用いた。流れは音速に比べて十分にゆっくりであるので非圧縮性(equation)であると仮定でき、Navier-Stokes方程式を用いるのは適当である。そこに界面張力を考えるために圧力項の代わりに界面張力の項を付け加えた。つまり、流体に加わる力は界面張力だけであるとし、ほかの力は働かないとした。そうすると、次のような式になる。
    equation    (2.1)
ρは流体の密度、equationは流速、ηは粘性係数である。界面張力equationは界面でのみ、界面に平行な方向に働くとした。また、その大きさは3価の鉄錯体(フェリイン)の濃度勾配に比例すると仮定した。すると、次のように書くことができる。
    equation    (2.2)
過去に界面張力はフェリインの濃度にほぼ比例するという報告があり、(図2.4参照)もっともな仮定である。なお、以下では簡単のため、2次元で考え、界面に平行な方向にx軸を界面に垂直な方向にy軸をとることとする。
 ところで、BZ反応では、反応波のモデルとして、反応拡散方程式、及び2次元オレゴネーターがよく用いられる。U を活性因子の濃度、V を抑制因子の濃度とすれば、一般的に次式のように表される[6]。
     equation
     equation
     equation
     equation     (2.3)
具体的には、活性因子は亜臭素酸(HBrO2)、抑制因子はフェロイン([Fe(phen)3]3+)に対応する。また、f、ε、qはそれぞれ、閾値、興奮性、無次元化した速度定数を表すパラメータである。今回、溶液の流れを考えているため、オレゴネーターに移流項を付け加えるべきであり、次式のようになる。
     equation
     equation
     equation
     equation     (2.4)
また、V はフェリイン濃度であるため、界面張力の式に入れることができ、界面張力の式は、次のように書き直すことができる。
     equation    (2.5)
以上により、Navier-Stokes方程式(2成分)(2.1)、界面張力の式(2.5)、反応拡散方程式+2変数オレゴネーター(2.3)の5つの方程式が得られた。未知数は速度equation(2次元)U  、V 、界面張力equation(1次元)の5つであり、解くことができる。
 今回は、簡単のため、(2.3)式の移流項を抜いた形(2.4)式を用いて数値計算を行った。こうすることによって、オレゴネーターを独立に解くことができ、界面張力を求めてから、流体の計算をすることができる。境界条件は、界面で界面に平行な速度成分しか持たないとした。その他の境界条件は、十分遠い壁で速度0とした。(2.4)式は、x軸方向のみの1次元で解いた。
 以上の数値計算の結果を図2.5に示す。反応波の前方で強い引き込みの流れが観測される。前方と後方の流速の比は、シミュレーションでは(前方)/(後方)=1.4になる。一方、実験結果から測定すると、比は約5.0である。比の値は異なるが、定性的に一致した結果が得られた。
 過去に、BZ反応に起因する対流現象の研究は行われてきた。だが、重力の影響であるとしたもの[3]や、濃度差によるMarangoni対流の平衡論から説明したもの[4]であり、ダイナミクスを考えたものはなかった。今回、重力加速度と垂直な面内で実験を行っており、重力の影響でないことを明らかにした。また、化学波の位置は時間的に変化するため、平衡論で取り扱えるかどうかは疑問である。実際、化学波の速度と対流の速度は、実験結果から測定すると、前方での流れの速度よりは遅く、後方での流れの速度よりは速いという結果が出た。今回、Marangoni効果をあらわに方程式に組み込まずに数値計算し、その結果、対流の発生を説明できたため、Marangoni対流に関しては平衡に近い状態になっていると考えられる。
 今回は、反応拡散方程式+オレゴネーターの式(2.3)の移流項equationequationを無視して計算したが、これらの項を考えて計算すれば、界面近くで化学波が遅れて進行することも説明できるであろう。

2.5. 結論


 BZ反応溶液とオレイン酸の界面において、化学波のフロントに引き込むような対流現象を実験的に観測した。また、抑制因子を拡散させることにより界面に化学波が到達しない状態では、対流が発生しないことを確認しており、対流現象は化学波が界面に到達することによってはじめて発生することを示した。また、基礎方程式であるNavierStokes方程式に界面張力を取り入れて数値計算を行ったところ、化学波の前方で強い流れが発生するなど、実験と定性的に一致する結果が得られ、対流が発生するダイナミクスを説明することができた。


第3章 BZ反応液滴の自発的運動

3.1. はじめに


 非平衡開放系においては、リミットサイクルを用いることによってエネルギーを仕事に変換することができる。このとき、平衡系でのCarnotサイクルのように高温熱源と低温熱源を用いる必要がなく、熱拡散が非常に効いてくる小さなスケールにおいてもエネルギーを仕事に変換することができる。生物細胞の分子機械もこのような非平衡開放系の特徴を利用して、化学エネルギーを仕事に変換することにより働いていると考えられる[7]。
 しかしながら、現在まで、実験系として等温系で化学エネルギーを仕事に変換する系はほとんど見つかっていなかった。わずかに、油虫[8][9]、水に浮かべた樟脳[10][11][12]、水銀の心臓[13]、水銀のアタック[14]、ゲル系BZ反応でのゲル振動[15][16]などが知られているだけである。今回は、非平衡開放系のモデルとしてよく使われるBZ反応で化学-機械エネルギー変換を行う実験系を構築することができた。BZ反応を用いたゲル系では、ゲルの振動が報告されているが、約1 %しかサイズが変化していない[15]。今回の実験では、サイズの約30 %の並進運動を取り出すことができた。その運動のメカニズムについて、第2章で用いたのと同じ方程式を用いて解析を試みる。

3.2. 実験装置・方法


 シャーレにオレイン酸を厚さが約3 mmになるように注ぎ、その上にマイクロピペッターを用いてBZ反応溶液を1.0 ml静かに滴下した。デジタルビデオカメラに拡大レンズを取り付けたもので、上から撮影し、その映像をPCで解析した。(図3.1参照)なお、BZ反応溶液の組成は下に示す。(第2章のものと比べて硫酸濃度のみを大きくし、自発的に化学波が発生しやすいようにした。第2章のときと同様に、界面張力効果を大きくするため、フェロイン濃度は大きくしてある。)

臭素酸ナトリウムNaBrO30.15 M
硫酸H2SO40.60 M
マロン酸CH2(COOH)20.10 M
臭化カリウムKBr0.03 M
フェロイン[Fe(phen)3]2+5.0 mM

3.3. 結果


 オレイン酸に浮かべたBZ反応液滴が化学振動反応に同期して、振動することが観察された。ビデオカメラで撮影した映像を1 secごとに並べたのが図3.2である。中心から少し外れた部分から発生した化学反応波(酸化波)が同心円状に広がっていき、まず、一方の界面に到達したときに、その到達した場所とは逆向きに液滴が運動し始め、全体に化学反応波が広がったときに、逆向きに運動を始めるのが観察された。また、動きをわかりやすくするため、図3.2の波線部分を切り取り、時間の変化を一方の軸にとってつなぎ合わせて作った時空間プロットを図3.3に示す。

3.4. 考察・シミュレーション



 BZ反応液滴が運動するメカニズムを考えることにする。第2 章の系を扱ったのと同じように、Navier-Stokes方程式に界面張力を加えた方程式を考える。
 反応波がオレイン酸とBZ反応液滴との界面に達している部分を局所的に考える。このとき、酸化状態の部分と還元状態の部分の境界がほぼ等速度で進んでいるように見てもよい。(図3.4)このとき、フェリイン濃度、つまり、界面張力は、ステップ関数的に変化するであろう。
     equation     (3.1)
       equation
だが、化学波の界面は、小さなスケールで見るとある程度の厚みがある。そこで、極限操作をとるとステップ関数になる逆正接関数(arctan)を使ってフェリインの濃度を表すことにする。
     equation     ( a > 0 )     (3.2)
       equation
       equation
ほかの部分は2.3.と全く同じ議論で進める。すると次のような式が得られる。
     equation
     equation     (3.3)
これら方程式(3.2)、(3.3)をもとに同様に数値計算を行うと図3.5に示すような結果が得られた。界面近くで還元状態の部分から酸化状態の部分へと向かう流れが見られる。
 ここで、もとのNavier-Stokes方程式に立ち返って考えてみる。レイノルズ数
     equation
を計算すると、
     equation     (3.4)
となる。ただし、
     equation
は動粘性係数である。特徴的なサイズとしては液滴の直径、速度としては、反応波の速度を用いた。レイノルズ数は小さいと見なせるので、非線形項equationは無視できる。そうすると、式は次のようになる。
     equation     (3.5)
このとき、2つの相がそれぞれ独立に存在するときに界面でどのくらいの流速になるのかを計算する。簡単のため、一定時間、同じ強さの力を受けている時の界面での流速を計算する。(図3.6参照)一次元的にy軸方向のみを考えると、
     equation     (3.6)
となる。更に、簡単のため、Fst = 0からt = t0でのみ一定の値を持つとする。
そこで、具体的な数値を考えるため、粘性率を実験的に測定した。その結果、水の粘性率は0.011 g/(cm sec)、オレイン酸は0.31 g/(cm sec)と測定された(室温25℃)。水に関しては、文献値によると、0.01 g/(cm sec)である。約10 %の誤差があるが、水とオレイン酸の粘性率はオーダーで1桁が異なるので、この誤差は今回の議論には影響しない。水とBZ反応溶液の粘性率はほとんど変わらないと仮定する。また、密度の差(水:1.0 g/cm3、オレイン酸:0.9 g/cm3)も粘性率の差と比べるとほとんど無視できる。以上より、水とオレイン酸の相で異なるのは粘性率 だけであるとして、議論を進めることとする。
(3.6)式のFsy = 0のみで値を持ち、他では0である。つまり、原点で常に一定量の流入がある拡散方程式になる。そこで、Green関数を使って解を考える。時刻t = 0でデルタ関数的なピークを持つ時の拡散方程式
     equation      with      equation     (3.7)
の解は、
     equation     (3.8)
となる。(3.8)がGreen関数になっている。よって、時刻t = 0からt = t0まで一定量u0の流入が続いた場合には、
     equation     (3.9)
となる。この積分は、解析的に解くことができて、次の式のようになる。
     equation     (3.10)
この関数を具体的にプロットすると図3.7のようになる。y → 0の極限を考えると、
     equation    (3.11)
ここで、もとの流体の議論に戻ると、Dequationに当たる。オレイン酸のほうが、Dにあたる値は大きいため、y = 0での流速はオレイン酸相の方がBZ反応溶液相より小さくなる。ところで、2つの相が接している場合、その界面での流速は一致しなければならない。そのためには、2相間で運動量の交換、つまりは、力の交換があるはずである。このように考えれば、オレイン酸相はBZ反応溶液相から流れを強くする向き、つまり、流れと同じ向きに力を受け、BZ反応溶液相はオレイン酸相から流れを弱くする向き、つまり、流れと反対向きに力を受ける。この力の交換が原因で液滴の動きが発生すると考えられる。(図3.8参照)
この考えの妥当性を考察するため、第2章の実験結果を用いて検証した。BZ反応溶液相の流速のプロファイル(図2.2)から推定し、図3.7と比較することによって、
     equation     (3.12)
となる。ここから、t0を計算すると、
     equation     (3.13)
よって、流速は、BZ反応溶液相で
     equation
オレイン酸相で、
     equation
となる。実際に図2.2から計測すると、約0.05 cm/secであり、計算の値よりもかなり小さい。その原因としては、次のようなことが考えられる。まず、第2章の系においては化学波の両側で流れの向きが異なるので、流れを打ち消しあっている可能性がある。また、今回の縮約では、系を1次元にして考えたが、実際には3次元的であり、その影響もあるであろう。一方、液滴の運動の場合にも、実際には、オレイン酸を押しのけて運動する必要があり、そのためにエネルギーが使われるので、実際の流速は計算よりも遅いと思われる。液滴が運動した後で戻ってくるのは、オレイン酸の粘弾性によって溜められたエネルギーのせいであると考えられる。
 また、化学反応波が発生する場所も重要である。中心から外れた場所から発生したときほど、化学波が一方の界面に達してから反対側の界面に達するまでの時間が長くなり、液滴が運動し始めてから元に戻るまでの時間が長くなる。現在の所、化学反応波が発生する場所を制御することはできておらず、自然発生にまかせるしかない。そのとき、中心近くから発生することが多いので、反応波の制御はこれからの課題である。
 液滴のサイズも非常に重要である。駆動力は界面張力である。しかも、化学波が液滴の表面と接している部分だけで力が発生するので、力の大きさは半径に比例する。
     equation     (3.14)
そこで、液滴の受ける加速度を考えると、質量は体積に比例する。つまり、半径の3乗に比例する。
     equation     (3.15)
よって、加速度は、半径の2乗に反比例することになる。
     equation
     equation     (3.16)
このように考えると、サイズは小さければ小さい方がよいように思われる。ところが、小さくなれば、化学波が発生しにくくなる。また、前述した界面に到達する時間差が必然的に小さくなるので、動きは小さくなってしまう。以上の要因を考え、実験より判断すると、1 mmというのは適当なサイズである。
 今回の実験では動きは、約0.3 mmであり、液滴の直径1.0 mmの約30 %である。一方、ゲル系で化学反応波に伴って振動する現象が報告されている[15]が、20 mmのゲルがBZ反応の振動に伴って最大で0.2 mm変化するということであり、全体の約1 %しか変化していない。今回の動きが大きいものであることがわかる。

3.5. 結論


 BZ反応溶液の微小液滴をオレイン酸に浮かべた系において、化学振動反応に同期して、運動する現象を見いだした。その現象のメカニズムを解明するため、第2章で用いたNavier-Stokes方程式に界面張力項を加えた方程式を用いて数値計算、解析計算を行った。まず、数値計算では、酸化状態の領域から還元状態の領域に向かって流れが発生することを示した。次に解析計算によって、両相が独立に存在する時には、界面での流速に差が生じるが、実際には界面では両相の流速が一致しなければならず、両相の間で運動量の交換が行なわれて、液滴の運動の駆動力が得られることを示した。


第4章 まとめ・これからの課題


 まず、BZ反応の鉄触媒の価数変化に起因する界面張力変化が原因と思われる対流現象を観察した。そのダイナミクスをNavier-Stokes方程式に界面張力項を加えた方程式を用いて考察し、実験結果と定性的に一致することを確認した。
 さらに、オレイン酸にBZ反応の微小液滴を浮かべた系において、化学反応に同期して、液滴が振動する現象を見いだした。対流現象を説明する際に用いたのと同じ方程式によって数値計算、解析計算を行ない、界面張力変化に伴う流体現象の結果、液滴の運動が起こると結論づけた。このBZ反応液滴の自発的運動は、等温系での化学-機械エネルギー変換を行う系である。

 これからの課題としては、まず、対流現象の数値計算の際に、移流項も考慮して行い、反応波へのフィードバックを考えることである。そうすることにより、反応波が界面でどのような形状をとるのかがわかり、界面の形や反応場の大きさを変えることによって、サイズ効果を議論することもできるであろう。
 また、液滴の運動に関しては、運動の向きを制御することが課題である。そのためには、化学反応波の発生点を制御する、あるいは、液滴の対称性を崩すなどの工夫が必要であろう。また、液滴が戻ってくるときのメカニズムを完全に解明できてはいないので、その点を考察することも必要であると思われる。
 最終的には、生物の分子モーターの動作理由を考える際の助けになればよいと思うが、界面張力はマクロなスケールでの力であり、生物に近づくにはまだまだ道のりは遠い。


謝 辞


 今回の実験・解析を行うにあたり、吉川研究室の皆様には本当にお世話になりました。何も知らなかった私にいろいろとご指導いただき、ありがとうございます。
 特に、吉川先生、馬籠さん、相原さん、一野さんには、実験を手伝っていただいたり、実験方法、解析方法についてアドバイスをいただいたり、理論を考察する際に議論していただいたり、本当にありがとうございました。
 これからもいろいろとご指導よろしくお願いいたします。

                               北畑 裕之


参考文献



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