オレイン酸に浮かべたBZ反応液滴が化学振動反応に同期して、振動することが観察された。ビデオカメラで撮影した映像を1 secごとに並べたのが
図3.2である。中心から少し外れた部分から発生した化学反応波(酸化波)が同心円状に広がっていき、まず、一方の界面に到達したときに、その到達した場所とは逆向きに液滴が運動し始め、全体に化学反応波が広がったときに、逆向きに運動を始めるのが観察された。また、動きをわかりやすくするため、図3.2の波線部分を切り取り、時間の変化を一方の軸にとってつなぎ合わせて作った時空間プロットを
図3.3に示す。
BZ反応液滴が運動するメカニズムを考えることにする。第2 章の系を扱ったのと同じように、Navier-Stokes方程式に界面張力を加えた方程式を考える。
反応波がオレイン酸とBZ反応液滴との界面に達している部分を局所的に考える。このとき、酸化状態の部分と還元状態の部分の境界がほぼ等速度で進んでいるように見てもよい。(
図3.4)このとき、フェリイン濃度、つまり、界面張力は、ステップ関数的に変化するであろう。
(3.1)
だが、化学波の界面は、小さなスケールで見るとある程度の厚みがある。そこで、極限操作をとるとステップ関数になる逆正接関数(arctan)を使ってフェリインの濃度を表すことにする。
( a > 0 )
(3.2)
ほかの部分は2.3.と全く同じ議論で進める。すると次のような式が得られる。
(3.3)
これら方程式(3.2)、(3.3)をもとに同様に数値計算を行うと
図3.5に示すような結果が得られた。界面近くで還元状態の部分から酸化状態の部分へと向かう流れが見られる。
ここで、もとのNavier-Stokes方程式に立ち返って考えてみる。レイノルズ数
を計算すると、
(3.4)
となる。ただし、
は動粘性係数である。特徴的なサイズとしては液滴の直径、速度としては、反応波の速度を用いた。レイノルズ数は小さいと見なせるので、非線形項
は無視できる。そうすると、式は次のようになる。
(3.5)
このとき、2つの相がそれぞれ独立に存在するときに界面でどのくらいの流速になるのかを計算する。簡単のため、一定時間、同じ強さの力を受けている時の界面での流速を計算する。(
図3.6参照)一次元的に
y軸方向のみを考えると、
(3.6)
となる。更に、簡単のため、
Fsは
t = 0から
t =
t0でのみ一定の値を持つとする。
そこで、具体的な数値を考えるため、粘性率を実験的に測定した。その結果、水の粘性率は0.011 g/(cm sec)、オレイン酸は0.31 g/(cm sec)と測定された(室温25℃)。水に関しては、文献値によると、0.01 g/(cm sec)である。約10 %の誤差があるが、水とオレイン酸の粘性率はオーダーで1桁が異なるので、この誤差は今回の議論には影響しない。水とBZ反応溶液の粘性率はほとんど変わらないと仮定する。また、密度の差(水:1.0 g/cm
3、オレイン酸:0.9 g/cm
3)も粘性率の差と比べるとほとんど無視できる。以上より、水とオレイン酸の相で異なるのは粘性率 だけであるとして、議論を進めることとする。
(3.6)式の
Fsは
y = 0のみで値を持ち、他では0である。つまり、原点で常に一定量の流入がある拡散方程式になる。そこで、Green関数を使って解を考える。時刻
t = 0でデルタ関数的なピークを持つ時の拡散方程式
with
(3.7)
の解は、
(3.8)
となる。(3.8)がGreen関数になっている。よって、時刻
t = 0から
t =
t0まで一定量
u0の流入が続いた場合には、
(3.9)
となる。この積分は、解析的に解くことができて、次の式のようになる。
(3.10)
この関数を具体的にプロットすると
図3.7のようになる。
y → 0の極限を考えると、
(3.11)
ここで、もとの流体の議論に戻ると、
Dは
に当たる。オレイン酸のほうが、
Dにあたる値は大きいため、
y = 0での流速はオレイン酸相の方がBZ反応溶液相より小さくなる。ところで、2つの相が接している場合、その界面での流速は一致しなければならない。そのためには、2相間で運動量の交換、つまりは、力の交換があるはずである。このように考えれば、オレイン酸相はBZ反応溶液相から流れを強くする向き、つまり、流れと同じ向きに力を受け、BZ反応溶液相はオレイン酸相から流れを弱くする向き、つまり、流れと反対向きに力を受ける。この力の交換が原因で液滴の動きが発生すると考えられる。(
図3.8参照)
この考えの妥当性を考察するため、第2章の実験結果を用いて検証した。BZ反応溶液相の流速のプロファイル(図2.2)から推定し、図3.7と比較することによって、
(3.12)
となる。ここから、
t0を計算すると、
(3.13)
よって、流速は、BZ反応溶液相で
オレイン酸相で、
となる。実際に図2.2から計測すると、約0.05 cm/secであり、計算の値よりもかなり小さい。その原因としては、次のようなことが考えられる。まず、第2章の系においては化学波の両側で流れの向きが異なるので、流れを打ち消しあっている可能性がある。また、今回の縮約では、系を1次元にして考えたが、実際には3次元的であり、その影響もあるであろう。一方、液滴の運動の場合にも、実際には、オレイン酸を押しのけて運動する必要があり、そのためにエネルギーが使われるので、実際の流速は計算よりも遅いと思われる。液滴が運動した後で戻ってくるのは、オレイン酸の粘弾性によって溜められたエネルギーのせいであると考えられる。
また、化学反応波が発生する場所も重要である。中心から外れた場所から発生したときほど、化学波が一方の界面に達してから反対側の界面に達するまでの時間が長くなり、液滴が運動し始めてから元に戻るまでの時間が長くなる。現在の所、化学反応波が発生する場所を制御することはできておらず、自然発生にまかせるしかない。そのとき、中心近くから発生することが多いので、反応波の制御はこれからの課題である。
液滴のサイズも非常に重要である。駆動力は界面張力である。しかも、化学波が液滴の表面と接している部分だけで力が発生するので、力の大きさは半径に比例する。
(3.14)
そこで、液滴の受ける加速度を考えると、質量は体積に比例する。つまり、半径の3乗に比例する。
(3.15)
よって、加速度は、半径の2乗に反比例することになる。
(3.16)
このように考えると、サイズは小さければ小さい方がよいように思われる。ところが、小さくなれば、化学波が発生しにくくなる。また、前述した界面に到達する時間差が必然的に小さくなるので、動きは小さくなってしまう。以上の要因を考え、実験より判断すると、1 mmというのは適当なサイズである。
今回の実験では動きは、約0.3 mmであり、液滴の直径1.0 mmの約30 %である。一方、ゲル系で化学反応波に伴って振動する現象が報告されている[15]が、20 mmのゲルがBZ反応の振動に伴って最大で0.2 mm変化するということであり、全体の約1 %しか変化していない。今回の動きが大きいものであることがわかる。
BZ反応溶液の微小液滴をオレイン酸に浮かべた系において、化学振動反応に同期して、運動する現象を見いだした。その現象のメカニズムを解明するため、第2章で用いたNavier-Stokes方程式に界面張力項を加えた方程式を用いて数値計算、解析計算を行った。まず、数値計算では、酸化状態の領域から還元状態の領域に向かって流れが発生することを示した。次に解析計算によって、両相が独立に存在する時には、界面での流速に差が生じるが、実際には界面では両相の流速が一致しなければならず、両相の間で運動量の交換が行なわれて、液滴の運動の駆動力が得られることを示した。
まず、BZ反応の鉄触媒の価数変化に起因する界面張力変化が原因と思われる対流現象を観察した。そのダイナミクスをNavier-Stokes方程式に界面張力項を加えた方程式を用いて考察し、実験結果と定性的に一致することを確認した。
さらに、オレイン酸にBZ反応の微小液滴を浮かべた系において、化学反応に同期して、液滴が振動する現象を見いだした。対流現象を説明する際に用いたのと同じ方程式によって数値計算、解析計算を行ない、界面張力変化に伴う流体現象の結果、液滴の運動が起こると結論づけた。このBZ反応液滴の自発的運動は、等温系での化学-機械エネルギー変換を行う系である。
これからの課題としては、まず、対流現象の数値計算の際に、移流項も考慮して行い、反応波へのフィードバックを考えることである。そうすることにより、反応波が界面でどのような形状をとるのかがわかり、界面の形や反応場の大きさを変えることによって、サイズ効果を議論することもできるであろう。
また、液滴の運動に関しては、運動の向きを制御することが課題である。そのためには、化学反応波の発生点を制御する、あるいは、液滴の対称性を崩すなどの工夫が必要であろう。また、液滴が戻ってくるときのメカニズムを完全に解明できてはいないので、その点を考察することも必要であると思われる。
最終的には、生物の分子モーターの動作理由を考える際の助けになればよいと思うが、界面張力はマクロなスケールでの力であり、生物に近づくにはまだまだ道のりは遠い。
今回の実験・解析を行うにあたり、吉川研究室の皆様には本当にお世話になりました。何も知らなかった私にいろいろとご指導いただき、ありがとうございます。
特に、吉川先生、馬籠さん、相原さん、一野さんには、実験を手伝っていただいたり、実験方法、解析方法についてアドバイスをいただいたり、理論を考察する際に議論していただいたり、本当にありがとうございました。
これからもいろいろとご指導よろしくお願いいたします。
北畑 裕之
[1] H. Miike, S. C. Muller, and B. Hess, Chem. Phys. Lett.
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[6] J. P. Keener and J. J. Tyson, Physica D
21, 307 (1986).
[7] K. Yoshikawa and H. Noguchi, Chem. Phys. Lett.
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[14] S. Nakata, H. Komoto, K. Hayashi, and M. Menzinger, J. Phys. Chem. B
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[16] K. Miyakawa, F. Sakamoto, R. Yoshida, E. Kokuguda, and T. Yamaguchi, Phys. Rev. E,
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